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京都地方裁判所 昭和30年(サ)39号 決定

抗告人 大黒屋株式会社

相手方 岩田嘉隆

主文

原決定を取消す。

相手方の強制執行停止決定申立はこれを却下する。

申立および抗告費用は相手方の負担とする。

理由

抗告人は主文第一、二項と同旨の決定を求め、その申立の要旨として述べるところは、抗告人は京都地方裁判所昭和二十九年(ケ)第四号不動産競売事件に於て申立外井筒福三郎所有にかゝる別紙目録〈省略〉記載の物件を競落し、競落代金を支払ひ所有権を取得し、その所有権移転登記を受けたものである。然るに相手方は抗告人に対抗し得べき何等の権原を有しないに拘らず競落物件たる家屋に居住し抗告人の明渡要求に応じない。そこで抗告人は京都地方裁判所へ引渡命令の申立をなし、同庁昭和三十年(ヲ)第一二七号の引渡命令を得た。ところが相手方は、右引渡命令に基く強制執行の停止を求めるため、京都簡易裁判所へ抗告人を相手方とする調停の申立をなし、且その執行の停止決定の申立をなし同庁昭和三十年(サ)第三九号の強制執行停止決定を得た。

然し乍ら引渡命令に基く強制執行の停止は民事調停規則第六条によつては為し得ないこと同条但書によつて明らかである。原裁判所はこれを誤り相手方の右申立を認容し執行停止決定をしたのであるから原決定を取消し、相手方の執行停止決定申立を却下する旨の裁判を求めるため、本抗告に及んだと謂ふのである。

よつて案ずるに、抗告人が任意競売に係る別紙目録記載の不動産の競落人として該物件に居住してこれを占有せる相手方に対する引渡命令を得、これに基き執行せんとしたところ、相手方は原裁判所え調停の申立を為すと共に民事調停規則第六条により右引渡命令に基く執行の停止を申立て、原裁判所はこれを容れて原決定を為したことは一件記録によつて明らかである。

そこで原決定の当否につき考察する。民事調停規則第六条は調停事件の係属する裁判所は同条所定の要件を備える場合に調停が終了する迄調停の目的となつた権利に関する任意競売手続又は裁判所が関与して成立した債務名義以外の債務名義による強制執行手続の停止を命ずることができる旨規定している。裁判所が関与して成立した債務名義とは確定判決、仮執行宣言付終局判決その他およそ執行力を有するすべての裁判及びこれに準ずる和解、認諾調停の各調書等の他破産手続における確定債権の債権表の記載等であつて、民事訴訟法第六八七条第三項の強制競売手続の一環として発せられる引渡命令もこれに属するものであることは多言を要しない。而してかように裁判所の関与によつて成立せる債務名義による強制執行手続の停止を前記規則第六条の適用より除外したのは、立法の経過に徴するも、これら債務名義の表示する権利はそれぞれ所定の手続による裁判所の判断に服しその存在が確認されたものであつて、これら債務名義に基く執行を阻止するについては慎重なる手続を践むことを必要とする(民事訴訟法第五〇〇条、第五一二条、第五二二条、第五四四条第一項、第五四七条、第五四九条、第五六〇条、破産法第二八七条等)に拘らず、当事者の互譲を主眼とし簡易な手続による条理的解決を特色とする調停手続に於て右の如き慎重なる手続を要することなく、これら債務名義に基く執行を軽易に阻止し得るものと為すことは調停制度の趣旨に照し行過ぎたるものであり、又私権実行の保護を不確実にし一般の裁判の威信にも関するところ重大なるものありと見たからに他ならない。飜つて本件の任意競売手続に於ける引渡命令(競売法第三二条第二項、民事訴訟法第六八七条)についてこれを見るに、引渡命令は競落許可決定ありたる後競落代金全額の支払を為すに至る迄の間競落人若くは債権者の申立により裁判所が引渡を拒む債務者又は競売手続開始決定後その占有を承継した者よりその占有を解き競落不動産の保全処分として発する場合あり、又競落代金全額の支払後は引渡を拒むこれらの者に対する所有権の実現として発せられる場合がある。民事調停規則第六条に謂う競売法による競売手続中にこれら附随的処分である引渡命令をも含むと解し得べきや、疑なきを得ないところであるがこれら引渡命令は強制競売に於て発せられるそれと競売手続の性質こそ異なれ引渡命令そのものの性質については何等異に解すべきところはないのであつて、その内容は特定の不動産の引渡義務を宣言するものであり且つ民事訴訟法第五四三条第三項、第五五八条により即時抗告を為し得る裁判であるから同法第五五九条第一号の抗告を以てのみ不服を申立てることを得る裁判に当るものと解すべきである。のみならず右引渡命令中本件の場合のように既に競落物件が抗告人に移転し、この者の求めによりこの命令が発せられた場合にその執行を調停手続で停止することは調停制度の趣旨に照し行過ぎたものと解せられる。

さすれば本件引渡命令は民事調停規則第六条第一項但書の裁判に該当し、抗告人の引渡命令による執行の停止を右規則第六条第一項本文により求める相手方の申立は失当であり、これを認容した原決定も違法であるから、原決定を取消し、相手方の申立を却下し費用の負担につき民事訴訟法第四一四条第三七八条第九六条第八九条に則り主文の如く決定する。

(裁判官 宅間達彦 木本繁 林義雄)

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